■若洲海浜公園・サイクリングetc.

2013/09/30


東京都若洲海浜公園にサイクリングとキャンプに行ってきました。

天候も良く、ヨット訓練所では国体のヨット競技が全国の青年男女が集って競技大会をしていた。
その時のあの場の輝きは全くすごかった。建築が水を得たように輝く時を久しぶりに見る気がした。
Zenplannの若洲海浜公園の建築設計の連作が歌っているかのように見えた。

公園をめぐる全長3.6kmのサイクリングコースをサイクリング車で巡ってみた。
潮風に吹かれて巡るコースに咲くヒガンバナやキョウチクトウ、木漏れ日がまぶしかった。
東京湾に沈む夕日を見て、持参のテントを張ってひと夜を過ごした。星の光が射るようであった。

朝陽が昇る、展望台のシルエットを見たいと思い、若洲橋から待ち構えて夢中でシャッターを切った。
若洲ゴルフリンクス/クラブハウス、カート庫、従業員控え所、ゴルフ練習所、ヨット訓練所、海上バス待合所、展望台、等の連作を是非ご覧いただきたい。

■Araki House

2013/08/08


■ある住宅計画(Araki House )のイマージュ


朝の光が差し込むある日
南のカーテンを開くと
庭の水辺に、小鳥が遊んでいる。
水面の煌きが深い庇を照らしている。


リビングの暖炉の薪がゆらゆらと燃えている。
床暖房の温度が今日も暖かい朝をひt迎えてくれる。
キッチンでは朝食がまもなく用意されるだろうか、
快い旋律が聞こえてくるだろう。


住宅の設計は人の営みを映す舞台装置かもしれない。
舞台はあるとき回転し、照明や光に照らし出されて、
闇のしじまに、暫しの眠りにつくだろう。
そんな夜には、窓からの月光が差し込み、
宴の始まりを知らせてくれるであろう。

Araki House の夏

2013/08/11


外観2013/08

■北の博物館

2011/12/23


富山湾に面した、魚津の海岸に沿ってこの博物館〔弊社設計監理)は建っている。魚津のランドマークになっているという。
この魚津の港の海中から、夥しい数の杉の巨木が発見され、天然記念物になっている。
長く海中にあった巨木の根を、水中展示で見ることが出来る。かつての富山湾は巨木の育成に適した温暖な気候であったであろうと創造できると思います。
また、円錐形の博物館の上階には、蜃気楼の発生装置があり、いつでも蜃気楼を体験できますので、是非ご覧下さい。実際の蜃気楼現象は30km〜10kmの距離で見られる天然現象ですが、是を僅か15mほどで、体験できる施設です。
冬将軍がやってくるこの季節、立山連峰の白銀に映える博物館が懐かしい。

■ Falling Water 3

2011/10/03


住宅:Falling Water が竣工致しました。
最近の写真をアップロード致します。
外観は、草原の家のイメージですが、内観はご覧のように、落ち着いた雰囲気のある空間です。
吹き抜けのオープンリビング、ファイヤープレース、ダークレッドのキッチン、雁行する折れ戸のある開口部と水庭につながる軒下空間が盛り上げます。この住宅のもう一つの特徴は、PC制御に依るスマートハウスシステムにあります。写真をご覧ください。
外構工事(池、植栽、床タイル等)も完成してきました。後はガーデニング工事を仕上げます。
これから、庭が出来て、ようやく竣工になります。ご覧ください。 
 

■ Falling Water 2

2011/07/16


昨年6月に着手した、地下1階、地上3階の専用住宅が、もうすぐ竣工する。
3月の震災を、無事の乗り越えて、苦労を重ねて出来る住宅です。その名のFalling Waterはあのフランクロイドライトの落水荘をイメージの原点にしている住宅です。暖炉の煙道を内包する石張りの塔は諏訪と佐久の石をコバ場積にして積み上げたものです。
強い日差しを受け止める、深い庇と外張り断熱の外壁はeco住宅を試行しております。
初めて、工事過程と現在の外観をごらんください。

原発事故と技術

2011/06/11


 あれから、震災から3か月を迎えようとしています。
津波、放水、汚染水、水漏れ、溜まり水、循環水、排水、シルトフェンス、貯水タンク、・・・等々、
まるで水の百態を見るような3カ月で有りました。
改めて、震災当時のこの世の出来事と思えない映像を見て思います。
海底のヘドロを巻き返す黒い恐怖の津波、・・押し流される家々や、夥しい車、船など、あの風光明美な海岸と街並みを一瞬に押し流す震災から3カ月経て再び思い返しています。
一向に進捗しない震災対策や、集団避難後の問題が山積しています。
伝えられる、政治の空白、醜い権力闘争、それに加えてあの福島原発の問題等々・・。
悪夢の日々が続いているのです。破壊された町を、人の暮らしを再構築することが迫られています。
 東京の電気を都会の消費電力を、福島に押しつけて、いい訳がありません。
そしてメルトダウンまで起きてしまった今回の原発事故につて技術の視点から検証してみましょう。

特に福島原発について技術的側面、即ち技術論的立場から基本的誤りがあると思うのです。

1.施設を計画する上で基本計画の大切であるが、施設の安全性を考慮した場合に敷地選定や、危険な施設を建設する場合に、その施設が立つ地盤面の安全設置高を検証したのか?(通常海面から+10m程度は低すぎないか)
2.原発を建設するのに、その敷地選定につて、十分に検討されていたか?また、その物理的役割と危険性を議論したか? (余りに政治的に決められ、住民に押し付けてしまったのではないか? )
3.敷地選定で基本的誤りがなかったか? 即ち日本列島は海に囲まれて、地殻変動があった場合、津波のリスクが内陸より高い海岸に近くを選定することは誤りではないか?(我が国のほとんどの原発は海岸に沿ってある。)
4.地下水位と建物の底版の関係を吟味されたか?
5.建設会社や設計者の施工検査記録・施工図・杭の状況図が表に出てこない。これは何故だろうか?
6.建築の初歩的な建屋の水漏れについて、当然打継ぎ部分や、配管の孔の耐震処理がなされていないのではないか?
7.3月12日に水素爆発によって飛び散った、あの薄い上屋は鉄道駅舎の皮膜程度の哀れな脆さである。
  (もっと飛び散らない様に、強固に設計すべきではなかったか? 恐ろしいことである。)
8.以上のことは浜岡原発にも言えるのでないであろうかと想像します。(これらを明らかにしてもらわないと、再開はあり得ないと思います。仮に明らかにしても、再開はありえないでしょう。)
9.原子力発電所のコンクリートの耐久力は30年を経過すると放射線の影響から耐力も半減すると言われます。既に役目は終わっていたのです。(東電と政府がもう少し使えるとの判断が、誤りなのです。)
10.米国、WH社の原発設計者は、その危険性に以前に言及して、対策を求めていました。その声に耳を貸さない上層部によって現在の災害を招いたのでしょう。(若し、その声にこたえていたらと悔やまれます。)
そして、この原発事故の設計者・開発推進者は7,80代世代のようです。この事故の責任ある側の我々が、地球の上に暮らしていることを、忘れていたのです。

民災と技術の相克

2011/03/29


<大震災 神も仏もないままに 凍てつく蕾 北の春>

東日本大地震の災いに 深い悲しみを覚えます。

 改めて天災にあうたびに 災害とそれを克服してきたかに見えた技術の力の儚さと大切さを思い知ります。
地震、津浪、原発事故との甚大な災害がもたらす人命の喪失と日本経済の深刻な問題に言葉もありません。
原発の元設計者(東芝の技術者)は始めての原発の設計にアメリカの英文を辞書を片手に丸写しの設計したといいます。この災害は人災と天災を超えた、民災と言うべき悲劇です。風光明媚な三陸とそして仙台や相馬、浜通りからいわき、鹿島の500Kを襲った津波に流される、町々と車、そして破壊された社会資本等など。
福島の海岸という環境、かつての津浪の脅威を余り考察もせず設計したといいます。それが巻き起こすこのたびの甚大な被害をもたらすことを招いたことを、「原子力は人間が扱えるものではない」と今更言っても遅いのです。電力開発という目的にために、放射能という見えない脅威に慄く地域住民に避難、放浪の目にあわせている。なんという事でしょう。地震、津浪、洪水、放射能汚染、避難難民、注水、水漏れ、と続く様は、不合理の極みです。まさに民災と言うべきでしょう。
然し被害者の方々は怯まず、立ち向かおうとしています。東北の方の強さに敬意をあらわすとともに、この悲劇を克服して行く決意を次代に伝える技術者の社会的責任の重大さを肝に命じます。 
冥福と祈りを・・・

いま、復興案が 模索されていますが、、ふるさとの暮らし・環境・自然・産業・教育 が調和する町並みでありたい。ふるさと再生projectの町並みを創りたい。

■Falling Water

2010/03/06


「FALLING WATER」
別名「落水荘」・「カウフマン邸」とも呼ばれます。アメリカのペンシルバニア州にあるカウフマン氏の邸夏の住まい「落水荘―FALLING WATER」、設計はあのフランク・ロイド・ライトです。
1934〜1937に築かれた70年の建物ですが、現在でも瀟洒なデザインで、ライトの住宅建築の最高峰と言われる美しい建築です。

毎年、世界各国から約13万人の人々が見学に訪れます。
シカゴに近くペンシルバニア空港から車で2時間かかり、緑の樹海にひっそとこの別荘はあります。
有名な滝の上にそびえる姿は静かに迎えてくれています。
周りには樹海以外に何も無く、素晴らしい環境ですが、実際に居住する住まいではなく、ひと時を過ごす高質な空間でした。また、訪ねたい珠玉の作品・・です。

この建物の写真を見て、住宅建築を志した、若人も多いでしょう
私も35年前に訪れて、感動したひとりでした。今も覚えています。建築は時を越えて、これほど雄弁に力強く人を感動させる力があることを教えてくれました。
内部の、石の壁、石の床、赤いサッシュとガラスに遊ぶ光、暖炉の設え、居間から下る川に至る階段、ゲスト用の部屋のプール。それらが思い出されます。

その後、時は巡り、この住まいに同じようにあこがれるオーナーに出会って、現在その新たなFalling Water 2011の住まいを只今、設計しています。この住まいを完成を夢見て・・毎日努力中です。


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